東京高等裁判所 平成11年(ネ)4720号 判決
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人の本件主位的請求を棄却する。
三 控訴人と被控訴人株式会社藤商行との間で別紙物件目録記載の建物につき平成四年六月一日付けで締結された賃貸借契約に際し控訴人が預託した保証金四億円の内金二億円について、被控訴人らは、控訴人に対し、各自、平成一五年五月三一日限り金四〇〇〇万円、平成一六年五月三一日限り金四〇〇〇万円、平成一七年五月三一日限り金四〇〇〇万円、平成一八年五月三一日限り金四〇〇〇万円、平成一九年五月三一日限り金四〇〇〇万円の各支払義務があることを確認する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 (主位的請求)
被控訴人らは、控訴人に対し、各自、金二億円及びこれに対する平成一〇年八月二八日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
三 (予備的請求)
主文第三項と同旨
四 (前記三の予備的請求)
被控訴人らは、控訴人に対し、各自、金一億六〇〇〇万円を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、控訴人が、被控訴人株式会社藤商行(以下「被控訴会社」という。)との間において、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき賃貸借契約を締結したうえ、被控訴会社に対し四億円を保証金名下で差し入れていたところ、本件建物が競売に付され控訴人においてこれを競落したことから、被控訴会社に対し、右四億円の内金二億円について、主位的に、消費貸借契約又は消費寄託契約に基づいて返還を求め、予備的に、将来の一定期限での返還義務の確認を求め、被控訴人近藤重幸(以下「被控訴人近藤」という。)に右の各債務について保証債務の履行を求める事案である。右の各請求をいずれも棄却した原判決に対し、これを不服として控訴人が提起したのが本件控訴である。控訴人は、当審において、右金額の内金一億六〇〇〇万円について、予備的に、不当利得返還請求権に基づく請求を追加した。
二 争いのない事実
1 控訴人は漬物、佃煮の製造、販売等を目的とする株式会社であり、被控訴会社は、一般土木工事、不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社である。
2 控訴人及び被控訴人らは、平成四年六月一日、本件建物につき、以下の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。
(一) 賃貸人 被控訴会社
(二) 賃借人 控訴人
(三) 賃貸借期間 平成四年六月一日から平成一九年五月三一日まで
(四) 賃料 一か月金五〇〇万円
(五) 保証金 金四億円(以下、「本件保証金」という。)
(六) 被控訴人近藤は、本件賃貸借契約に基づき、被控訴会社が控訴人に負担する債務を連帯して保証する。
3 本件賃貸借契約の契約書(以下「本件賃貸借契約書」という。)上、本件保証金に関する条項(第八条及び第九条。以下「本件条項」という。)の要旨は次のとおりである。
(一) 控訴人は、被控訴会社に対し、本件保証金として金四億円を本契約締結時に預託する。
(二) 被控訴会社は、控訴人に対し、本件保証金の内金二億円につき、平成四年六月一日から一〇年間据え置いた後、次のとおり返還する。
(1) 平成一五年五月三一日 金四〇〇〇万円
(2) 平成一六年五月三一日 金四〇〇〇万円
(3) 平成一七年五月三一日 金四〇〇〇万円
(4) 平成一八年五月三一日 金四〇〇〇万円
(5) 平成一九年五月三一日 金四〇〇〇万円
(三) 右以外の内金二億円は、本件賃貸借契約が終了し、控訴人において、同契約に基づく本件建物の明渡しを完了後二か月以内に返還する。
(四) 右(二)及び(三)の返還金には利息を付さない。
4 被控訴会社が所有する本件建物及びその敷地(以下「本件敷地」という。)は、これらに対して根抵当権を有する訴外三菱信託銀行株式会社の申し立てた競売手続により、平成一〇年六月一二日、控訴人によって競落され、控訴人が本件建物及び敷地の所有権を取得した。
5 控訴人において右競落した際の不動産価格は、裁判所の評価書によれば二億二三五五万二〇〇〇円であるが、これは本来の不動産価格から、競落人が承継すべきものとされた本件保証金四億円のうち質権設定という負担付きを四割減価した二億四〇〇〇万円を控除して定められたものである。
三 争点及び当事者の主張
1 本件保証金の法的性質
(一) 控訴人
(1) 控訴人は、平成二年ころから神奈川県内で新工場を探していたところ、取引銀行である株式会社富士銀行の子会社である不動産会社(株式会社すその不動産)の従業員を通じて知り合った被控訴人近藤から本件敷地の存在を聞かされ、その立地及び面積が控訴人の意向に沿うものであることを知ったが、その当時、本件敷地は更地であったため、控訴人が工場として利用するには新たに建物を建設する必要があり、そのための建設費は概算で金四億円を要するものであった。
(2) 控訴人及び被控訴会社は、平成三年六月一八日、控訴人が前記取引銀行から建設資金を借り入れたうえで、これを被控訴会社に対し建設協力金として融資し、被控訴会社が同資金によって控訴人希望の工場を建設して賃貸することを約し、右建設協力金の合計額については、右賃貸借の本契約に基づく債務の履行を担保するものとして本契約締結時に保証金に振替充当し、控訴人が被控訴会社に無利息で預託し(ただし、建設協力金合計額の確定金額は右本契約時に明定する。)、右保証金の内金二億円については、預託日から起算して一〇年間据置、一一年目以降五年間にわたり均等額を控訴人に返還し(返還日については本契約時に当事者協議のうえ決定する。)、その余の二億円については本契約が終了し控訴人が賃貸物件の明渡しを完了した後に返還することを内容とする建物賃貸借予約契約(以下「本件予約」という。)を締結し、あわせて、右保証金に係る債権につき控訴人が右取引銀行を権利者とする質権を設定し、被控訴会社はこれを承諾する旨も合意し、控訴人は、同日、右建設協力金の内金二億円を被控訴会社に融資した。
(3) その後、被控訴会社は本件建物の建設に着手し、控訴人は、本件建物の上棟時である平成四年三月一〇日、被控訴会社に対し、本件予約に従い前記建設協力金の内金一億円の融資を経て、同年五月下旬に本件建物が完成したことから、同月二九日、当事者及び関係者により、本件賃貸借契約締結に向けた詰めの話し合いがされた結果、賃貸期間を同年六月一日から一五年とすること、同年六月一〇日に控訴人が被控訴会社に対して本件予約に基づく残金一億円を支払うこと、右建設協力金四億円については、本件賃貸借契約で控訴人が被控訴会社に預託するとされた保証金四億円に充当すること及び保証金の返還方法に関する本件条項を内容とする本件賃貸借契約を締結した。また、その場において、控訴人と被控訴会社は、本件賃貸借契約が何らかの事情で終了した場合、右預託金すなわち保証金四億円については、控訴人による建物明渡しが終了した時点で全額返還する旨を確認した。
(4) 右のとおり、本件保証金のうち、少なくとも平成一五年から平成一九年まで毎年五月三一日限り各四〇〇〇万円宛返済する旨合意されている金二億円の実体は建設協力金であり、本件建物賃貸借契約とは別個の消費貸借契約又は消費寄託契約の目的物とされた金員であるから、本件建物等の競落人である控訴人としては、敷金として返還債務を承継することはなく、依然として被控訴会社に対し同金員の返還を請求することができる。
(5) 確かに、本件建物は控訴人における業務の便宜を考慮して建築されたものであるが、多少の改築ないし改装を施すことにより第三者への賃貸も十分可能であり、本件賃貸借契約書第一二条において、建物等に変更を加える場合の手続を厳重なものと規定しているところは、本件賃貸借契約終了後に被控訴会社が第三者に本件建物を賃貸することをも視野に入れたからに他ならない。
(6) 本件賃貸借契約において更新後の保証金と定められた金七億円自体については何らの根拠も合理性もないから、同金額と金四億円を比較して保証金としての多寡を論ずる意味はない。
(二) 被控訴人ら
(1) 本件建物は控訴人独自の使用を目的とした特殊な漬物工場であり、そのため、設計事務所の選定は控訴人によって行われ、本件金員も本件建物の建設代金及びこれに伴う費用に費消されており、したがって、被控訴会社において本件保証金に関する運用益は全く存在し得ないものであって、被控訴会社が控訴人から借入までして本件建物を建築する必要は全くなかったのであり、むしろ、本件保証金の一部が借入金となるのであれば、被控訴会社としては本件賃貸借契約を締結することはなかった。
(2) 本件賃貸借契約締結の交渉過程で、当事者間において、本件保証金の一部を本件賃貸借契約とは別個の契約目的とする認識が示された事実はなく、したがって、本件予約(第七条)では、建設協力金の合計額を本件賃貸借契約締結時に保証金に振替充当のうえ、無利息で被控訴会社に預託する旨、また、本件賃貸借契約(第八条)では、単に、控訴人は被控訴会社に対し、保証金として金四億円を預託する旨、それぞれ規定され、さらに、当事者間で取り交わされた平成四年六月一〇日付け確認書でも本件予約と同趣旨を記載した確認書が作成されているものであり、本件保証金の一部が消費貸借契約の目的となる旨の記載は一切ないのみならず、かえって、本件賃貸借契約書第二七条では、控訴人が同契約書第二四条所定の事由に該当して解除された場合には、控訴人は本件保証金全額を損害賠償金として被控訴人に支払う旨合意されており、したがって、本件保証金全額が本件賃貸借契約における敷金的な保証金と位置付けられているものである。
(3) 本件保証金は金四億円であるが、本件賃貸借契約書第二九条では契約更新後の保証金(消費貸借の目的とならないことは明白)を金七億円と定めていることから明らかなように、金四億円自体は本件賃貸借契約当時の敷金と同様の性格を有する保証金として決して高額なものではない。
(4) 本件条項は、控訴人の意向に従って保証金の返還方法の一つとして同金額の一部につき分割払によって早期返還することを合意したものであって、同条項のゆえに、本件保証金の法的性質が左右されることはない。
(5) 右によれば、本件保証金返還債務は、敷金と同様に賃貸借契約の目的物の新所有者、すなわち控訴人が同契約上の賃貸人の地位を承継するのに伴って当然に承継するものであり、このことは本件のような競売手続による取得においても例外ではなく、したがって、被控訴会社が右返還債務を負うことはない。
2 返還期限到来の成否
(一) 被控訴人ら
仮に、本件金員の内金二億円が消費貸借契約又は消費寄託契約の目的物であったとしても、本件条項から明らかなとおり、現時点において返還期限は到来していない。
(二) 控訴人
本件保証金の返還時期及び返還方法に関する合意は、いずれも本件賃貸借契約の存続を実質的に前提とするものであるから、同契約が終了した以上、当事者の合理的意思ないし本件賃貸借契約時における当事者間の確認合意によれば、既に右返還時期は到来した。
仮にそうでないとしても、本件賃貸借契約が消滅した以上、本件保証金の返還時期についての前記合意も当然に消滅し、控訴人において何時でも返還を請求することができるものである。
3 被控訴会社における不当利得の有無
(一) 控訴人
本件建物等の競売手続における評価人の評価書では、その評価にあたり金二億四〇〇〇万円を評価額から減額していることから、同減額分は被控訴会社が出捐したことを意味するところ、被控訴会社が前記契約上の返還債務を負わないとすると、被控訴会社は右出捐によって金四億円の債務が減少する結果として、法律上の原因なくして金一億六〇〇〇万円の利益を得るとともに、控訴人は同額の損失を受けたというべきであるから、控訴人は被控訴会社に対し不当利得返還請求権を取得する。
また、被控訴会社の負担する右返還債務は、本件賃貸借契約に基づく債務を連帯保証した被控訴人近藤の保証債務に当然含まれる。
(二) 被控訴人ら
被控訴会社には本件において利得はなく、他方、控訴人は、競落代金に本件保証金を加味しても、今後本件建物を賃借し続けた場合に比較して多大の利益を得ていることは明らかであるから、被控訴会社に不当利得返還債務は発生しない。
第三判断
一 建設協力金の交付に至る経緯等について
前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし四、甲一一ないし一三、乙二ないし八、控訴人代表者、被控訴人近藤)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められ、被控訴人近藤の本人尋問中の右認定に反する供述部分は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 控訴人は、漬物、佃煮の製造、販売等を業とするもので、平成二年当時には二か所の工場を有していたが、同工場での生産能力も限界に達していたため、神奈川県内に新工場を探していたところ、控訴人の取引銀行の子会社にあたる不動産会社の社員を通じて紹介された被控訴人近藤から本件敷地の存在を知らされたので、調べた結果、本件敷地の立地条件及び面積等が控訴人が計画していた新工場設置の意向に沿うものであった。当初、当事者間では、本件敷地の売買の交渉がされたが、価格面での調整がつかず、また、その当時、本件敷地は更地であったが、被控訴会社としては借地契約を締結する意向もなかったことから、結局、被控訴会社において本件敷地上に新たな建物を建設したうえで、被控訴会社が控訴人に対して同建物を賃貸することとなった。
2 しかし、右新工場建設には概算で金四億円の費用を要するものとされていたが、被控訴会社には右金額を準備できる資力がなかったので、前記取引銀行及び不動産会社の担当者らとも折衝を重ねた結果、控訴人及び被控訴会社は、平成三年六月一八日、控訴人が右取引銀行から建設資金を借り入れたうえで、これを被控訴会社に対し建設協力金として預託し(本件予約時に金二億円、建物上棟時に金一億円、建物引渡時に金一億円)、被控訴会社が同資金によって控訴人の希望する工場を建設して控訴人に賃貸することを約し、右建設協力金の合計額については、右賃貸借の本契約に基づく債務の履行を担保するものとして本契約締結時に保証金に振替充当し、控訴人が被控訴会社に無利息で預託し(ただし、建設協力金合計額の確定金額は、建築費の増減に伴い、右本契約時に明定する。)、右保証金の内金二億円については、預託日から起算して一〇年間据置、一一年目以降五年間にわたり均等額を控訴人に返還し(返還日については本契約時に当事者協議のうえ決定する。)、その余の二億円については本契約が終了し控訴人が賃貸物件の明渡しを完了した後に返還すること等を内容とする本件予約を締結し、控訴人は、同日、右建設協力金の内金二億円を被控訴会社に交付した。
3 そこで、被控訴会社は、控訴人の意向に従って、以前から控訴人所有の工場建設を手がけていた御子柴建築設計事務所に対し右建設に関する設計監理を依頼するとともに、平成三年一二月、株式会社間組横浜支店との間で右工事に関する請負契約を締結して本件建物の建設に着手した。これに対し、控訴人は、本件予約に従って、本件建物の上棟時である平成四年三月一〇日、被控訴会社に対し前記建設協力金の内金一億円を交付し、同年五月下旬には本件建物が完成した。なお、本件建物については、同年七月七日付けで被控訴会社を所有者とする所有権保存登記がされた。
4 控訴人及び被控訴会社は、平成四年五月二九日、関係者を交えて本件賃貸借契約締結に向けた詰めの話し合いを経て、控訴人と被控訴会社の間で、賃貸期間を同年六月一日から一五年、賃料を一か月金五〇〇万円、保証金については、これを金四億円としたうえ、被控訴会社は、控訴人が賃料を遅滞等したときは保証金をもってその弁済に充当できるが、控訴人は、保証金をもって賃料等の債務との相殺をすることはできないこと、被控訴会社により右充当がされた場合には、控訴人は充当通知を受けた日から七日以内に保証金の不足分を補填しなければならないこと(第一〇条)、被控訴会社は、本件取引銀行に対する担保権の設定を除き、保証金債権に関して譲渡等一切の処分をしてはならないこと(第一一条)、被控訴会社は、控訴人が本件賃貸借契約に基づく賃料又は諸費用の支払を三か月分以上遅滞等したときは無催告にて契約を解除することができ、その場合には、保証金全額をもって賠償額の予定とすること(第二四条、第二七条)、控訴人は、契約更新にあたり、保証金として新たに金七億円を被控訴会社に預託するが、既に預託中の保証金はその一部に充当すること(第二九条3)を内容とする本件賃貸借契約を締結した。
同時に右契約当事者間において、控訴人が被控訴会社に対して本件予約に基づく残金一億円を同年六月一〇日限り支払うこと、同残金を含む前記建設協力金合計四億円については、本件賃貸借契約で控訴人が被控訴会社に預託するとされた保証金四億円に充当するとともに、本件予約の際の合意に従って、右保証金の内金二億円については預託日である同年六月一日から一〇年間据え置いた後、平成一五年から平成一九年まで毎年五月三一日限り金四〇〇〇万円宛返還することとして、右保証金の返還方法に関する本件条項を合意した。
また、被控訴人近藤は、同年五月二九日、右各合意に基づき被控訴会社が控訴人に負担する債務を連帯して保証することを約した。控訴人は、同年六月一〇日、被控訴会社に対し、右合意に従い建設協力金の残金一億円を支払った。
二 本件保証金の法的性質
1 前記認定のとおり、本件保証金は、本件予約において建設協力金であると明示され、内金二億円については、当初から、預託日より起算して一〇年間据え置いた後、一一年目以降五年間にわたり均等額を控訴人に返還することが明確に合意されていること、本件保証金の授受が本件建物の建築着手直前から完成直後までの間に順次行われ、建設資金の融資の実質を有していること、本件予約において、右建設協力金をもって本件賃貸借契約締結時に保証金に振替充当するとされたうえ、本件賃貸借契約の締結と同時に本件条項が合意され、本件保証金のうち二億円につき、本件賃貸借契約開始後一〇年据え置いた後、平成一五年五月三一日から平成一九年五月三一日まで五回にわたり各四〇〇〇万円宛返還すべきものとして、その返還時期が賃貸借契約の期間と別個に合意されていること、本件保証金額は本件賃貸借契約における賃料月額の八〇倍に相当し、賃借人たる控訴人が賃貸人である被控訴会社に対して負担する主要な債務が賃料支払債務であることに照らせば、本件保証金の全額をもって右債務の純然たる担保とするのは明らかに過大というべきであること、前記二億円の分割返還に基づく本件保証金の減額に対しては、控訴人からの保証金額の補充を予定する旨の合意が認められないこと等に鑑みると、控訴人と被控訴会社が返還を合意した右合計金二億円については、本件予約における建設協力金という法的性質が本件賃貸借契約においても維持され、その余の二億円が敷金的な保証金として賃貸借契約の終了時に精算されるのとは別個に、右各弁済期に貸金ないし預託金として独立に返還すべきものと解するのが相当であり、本件において右返還について利息を付けない旨合意されていること自体は、右認定を覆すに足りるものとは解されない。
なお、前記規定中にあるとおり、控訴人において賃料を遅滞し、被控訴会社が同賃料と本件金員とを相殺した場合や控訴人に帰責事由があって契約が解除された場合には、本件保証金全体をもって、控訴人の右債務の引き当てとする旨も合意されているが、右の各規定は、結局、損害賠償額の予定に関する合意とみるべきものであり、同合意がされたことにより直ちに本件保証金の当初の法的性質が変更されるものではない。しかも、右合意は、右規定に該当する事由以外の理由で本件賃貸借契約が終了した場合にはその適用の余地がないことは明らかである。
また、保証金債権の譲渡等を禁止する前記規定は、本件賃貸借契約の目的物である本件建物の建設資金を捻出するため、控訴人が取引銀行から四億円の融資を受けてこれを建設協力金として被控訴会社に提供し、これをもって被控訴会社が工事請負契約締結及び代金支払等を行うとともに、右建設協力金を本件賃貸借契約における保証金として充当したという前記経緯に基づくものであり、証拠(乙七)からも明らかなとおり、被控訴人らにおいても右のような本件保証金の性質を十分理解していたということができるから、右規定は、本件保証金がもともと建設協力金であったことを示すものというべきである。
さらに、契約更新にあたって、控訴人が保証金として新たに金七億円を預託する旨の規定については、これを七億円と定めた具体的な理由はなく、かえって、証拠(甲一二、控訴人代表者、被控訴人近藤)によれば、右金額についてはもっぱら被控訴会社側から希望が出されたものであり、控訴人においては金額に不満を持っていたが、本件賃貸借契約締結を最優先とするべきであるとの判断と、契約更新は一五年後のことであり、その段階で改めて検討すれば足りることから、とりあえず、控訴人としては、契約更新を考えないことを前提に、右金額を受け入れたことが認められる。したがって、契約更新後の保証金額と比較して本件金員の多寡等を論じて、本件金員が敷金として相応な金額であるか否かを検討するのは相当でないというべきである。
2 被控訴人らは、本件建物が、控訴人による使用のみ可能な建物であり、それゆえに本件保証金が敷金同様の趣旨で差し入れられた旨を主張するようであるが、証拠(乙一のうちの評価書の記載、控訴人代表者)によれば、本件建物については、控訴人の業務に利便を考慮した構造も兼ね備えていることは事実であるにしても、必要な補修を行うことにより他の業種による利用が十分に可能であると認められるから、被控訴人らの主張はその前提を欠き採用できない。
また、被控訴人らは、本件金員については、本件建物の建築費用に全て費消しており、同金額を保有して経済的利益を得るようなメリットがない以上、被控訴会社が金二億円の限度であっても敷金以外に返還を前提とする建設協力金として交付を受けることはあり得ない旨主張するが、被控訴会社は、前記認定のとおり本件金員を工事代金に充てることにより本件建物の所有権を取得し、かつ、長期にわたって月額五〇〇万円程度の賃料を取得することができるのに対し、二億円の返還が始まるのは契約締結後一〇年経過した時点からであって、それまでの間には多額の賃料収入も期待できることを考慮すれば、被控訴会社において相当な経済的利益が帰属するものというべきであるから、被控訴人らの右主張を採用することはできない。
さらに、本件建物等に関する競売手続の評価書では金四億円全額について買受人が返還義務を負担することを前提とするような記載がみられるが、これは評価人の意見であって、同記載によって本件金員の法的性質が決せられるものでないから、同記載のあることが前記認定の妨げとなることはない。
3 以上のとおり、本件保証金のうち前記二億円については、本件予約の段階から本件賃貸借契約とは別個に消費貸借契約ないし消費寄託契約の目的とされているものであるから、同返還に関する約定が本件賃貸借契約に関する契約書中に規定され、また、賃料支払債務についての担保的機能が前記説示の限度で残されているとしても、賃貸借契約の存続と特に密接な関係を有する敷金とはその法的性質を異にするものであって、当然には建設協力金の返還義務が新所有者に承継されないというべきである。
したがって、被控訴会社は、建設協力金交付により成立した消費貸借契約ないし消費寄託契約に基づき本件保証金の内金二億円についての返還義務を負担し、被控訴人近藤は連帯保証に基づき右債務と同一の債務を負担するといわなければならない。
三 返還期限について
被控訴人らは、本件条項によれば、前記二億円の返還債務について、平成一五年以降、毎年五月三一日限り金四〇〇〇万円宛を支払う旨の期限ないし支払方法に関し合意されているとして、返済期限が未到来である旨主張するところ、本件条項に右返済期限の定めがあることは当事者間に争いがない。
これに対し、控訴人は、右合意は、いずれも本件賃貸借契約の存続を実質的に前提とするものであるから、同契約が終了した以上、当事者の合理的意思ないし本件賃貸借契約時における当事者間の確認合意によれば、既に右返還時期は到来したこと、仮にそうでないとしても、本件賃貸借契約が消滅した以上、本件保証金の返還時期についての前記合意も当然に消滅し、控訴人において何時でも返還を請求することができる旨主張する。
しかしながら、前記返済期限は本件条項において明確に合意されたものであって、これを修正する規定は存在しない。のみならず、前記説示のとおり、右二億円の返還に係る法律関係が、本件賃貸借契約とは別個の消費貸借契約ないし消費寄託契約に基づくことに照らせば、右返還時期に関する合意が本件賃貸借契約の存続を前提とするものでなく、本件賃貸借契約の終了によって失効するものとはいえない。控訴人代表者はその本人尋問において、被控訴会社代表者である被控訴人近藤が、本件賃貸借契約の中途終了の場合には右二億円を直ちに返還する旨約したと供述するが、被控訴人近藤はその旨の事実を認めておらず、本件条項の右規定内容に照らせば、いまだ控訴人代表者の右供述に沿った事実を認定することは困難というべきである。
右によれば、被控訴人らの右二億円に関する返還債務については本件条項に従った期限が合意されているから、被控訴人らの主張は理由がある。
四 そうすると、控訴人の本件主位的請求はいずれも理由がなく、本件予備的請求(確認請求)は理由があるから認容すべきであるところ、右予備的請求を棄却した原判決は相当でないから、これを変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 山崎まさよ 裁判官 沼田寛)
物件目録
所在 神奈川県平塚市大神字下川原三〇三六番地二五
家屋番号 三〇三六番二五
種類 工場事務所
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 一階 一四四九・九六平方メートル
二階 四八七・八〇平方メートル